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うつ病はプロに相談を [読者の皆さんと考える]

「うつ病でも諦めない」で頑張っておられる実例として当塾では最近、下記の四つの頁で容子さんの場合について言及させていただきました。
  1. うつ病でも諦めない実例
  2. うつを語りあえる相手がいれば
  3. うつ病の人は楽しい話を
  4. うつでなくても楽しい話を

 このうち「うつ病の人は楽しい話を」の頁に先日、容子さんが次のようなコメントを書いてくださいました。容子さん、どうもありがとうございます(引用に際して、途中の空白行は省かせていただきました)。

うつ病を経験した方は、希死念慮をご経験されていると思います。
感情のコントロールができなくて、些細なことでイライラしたり、落ち込んだりすると思います。
家族や恋人や側にいる人に感情をぶつけるとお相手の頭もごちゃごちゃになり、最悪共倒れもあり得ると思います。
私はできるだけプロの方に相談するようにしています。
私が傾聴を始めたのは、私より辛い思いをしている方々のお話しを聴いて、私はまだまだ大丈夫と思えるからです。もちろん共感できることもあります。
ぜひ薄紙をはがすように長い目で見守ってくださると嬉しいです。

「うつ病でも諦めない実例」の頁でも言及させていただいたように、当塾の「うつ病の妻の死」の頁には「NO NAME」と名のる人が次のようなコメントを書いてくださっています。

うつは一生治りません
うつの行き着くところは結局自殺、ということがよくわかる事例です

「NO NAME」さんがこのように書いてくださったのも、容子さんがおっしゃる「希死念慮」の心境に基づいてのことだったのでしょうか。
「NO NAME」さんが今では明るい気持ちでいてくださると、いいのですけど。

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うつでなくても楽しい話を [読者の皆さんと考える]

 私に送ってくださった電子メールの中で容子さんは、2004年に入籍なさったものの2010年に亡くなってしまわれた男性の呼び名を書いておられます。
 おそらくご本名とは異なるのでしょう、片仮名で二文字の呼び名です。
 しかしこれまでのところ容子さんはご自身のブログ「容子の独り言…」でも当塾のコメント欄でも、その呼び名を明記してはおられません。

 そこで私も当塾では、その男性のことは呼び名を用いずに「容子さんの『亡夫』」などと表現させていただいてきました。
 しかし、たとえばその人と容子さんとの出合いについて語る際には「後に夫となる人」と書くなど、その都度ごとに表現を変える必要が生じてしまいます。
 もしもその男性の呼び名を明記してしまってもかまわなければ、そのような手間は省くことができるわけです。

 幸い私に送ってくださった電子メールの中で容子さんが書いておられる「亡夫」の呼び名を公開してしまっても、プライヴァシー面での問題は生じないであろうと思われます。
 ですので当塾で「亡夫」のことをその呼び名で表記してもかまわないかどうか、ぜひとも容子さんにご検討をお願いしたいのです。

 ――当塾の「呼び名を明示して語らいを」の頁に私は、そう書かせていただきました。
 するとその頁に容子さんが先日、次のようなコメントを書いてくださったのです。容子さん、どうもありがとうございます(引用に際して、途中の空白行は省かせていただきました)。

記事を読み返しました。
過去にSNSで、負の言葉を撒き散らし、人を傷つけたことがあり、怖くなったことがあります。
今は、大丈夫なので、『亡夫』の名前は隠さなくていいです。もう遅いですね…。
読者を名乗る方から『大袈裟、隠し事が多い』と指摘されたのは、本当のことです。
うつ病の記事を拝読して1人の精神病患者として本音で伝えたいとの思いになり、コメントさせていただきました。

 このコメントの中に出てくる「うつ病の記事」というのは当塾の、下記の二つの頁のことだと思われます。

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うつ病の人は楽しい話を [読者の皆さんと考える]

「うつ病でも諦めない」で頑張っておられる実例として当塾では最近、下記の二つの頁で容子さんの場合について言及させていただきました。
  1. うつ病でも諦めない実例
  2. うつを語りあえる相手がいれば

 そのうち「うつを語りあえる相手がいれば」の頁でも書かせていただいたように先日、容子さんは次のように書かれた電子メールを私に送ってくださいました(引用に際して、途中の空白行は省かせていただきました)。

私が積極的にうつ病をカミングアウトしているのには、知人にうつ病を患っている人がいるとの声をたくさんいただくからです。
(中略)1人で抱え込むより、話すように心がけています。
でも依存性もあるので、お相手に迷惑がかからないように、私からはなるべく連絡しないようにしています。
1ヶ月に一度くらいならお付き合いしてくれる人がいるので、助けられています。話が終わったら笑顔です(笑)。

 この電子メールのうち中略された箇所には「なかには『負のオーラに 近づきたくないから、話しかけないで』と言う方も少なくありません。」と書かれていました。
 そして容子さんは先日、「うつを語りあえる相手がいれば」の頁に次のようなコメントを書いてくださったのです(引用に際して、やはり途中の空白行は省かせていただきました)。

私は長い間ひきこもっていて、つらいときに電話をよくかけていました。でも誰でも暗い話ばかり聞きたくないことに気づかされたのは、SNSで度々誹謗中傷を受けたり、着信拒否があったからです。
理解して欲しいと思っていた自分を悔い改めました。
それからは、何ができるようになったとか嬉しかったことを話すようにしました。
辛い現実は、変わらないから自分の捉え方を変えるようにしました。
そうしたら、気にかけてくれたり、覚えていてくれることが嬉しかったり、励みになるよになりました。小さい喜びが見つけられるようになったのです。
うつ病で話しかけられるのも嫌だったり、無気力で何もできないこともあります。でも私はたった一言『独りぼっちじゃないよ』と声をかけます。支援センター相談員やケースワーカーもいますし、私には牧師先生がいます。最近、感謝することが増えて楽になりました。

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うつを語りあえる相手がいれば [読者の皆さんと考える]

うつは一生治りません
うつの行き着くところは結局自殺、ということがよくわかる事例です

 ――事の起こりは「NO NAME」と名のる人が当塾の「うつ病の妻の死」の頁のコメント欄に、そう書いてくださったことでした。
 このコメントについて私が言及させていただいた「精神病の人と関わる辛さ」の頁に先日、「ぴよきち」と名のる人がコメントを書いてくださったのです。
 そのコメントの末尾には「私は相手の本当の声、可能性が1パーセントでもあるのであれば最後まで共に戦う必要があると思います。それが、人としてのあり方だと考えます」と書かれていました。

 この「ぴよきち」さんのコメントを私は当塾の「うつ病でも諦めない実例」の頁で引用させていただきました。
 そして「うつ病でも諦めない」で頑張っておられる実例として、容子さんのことをご紹介させていただいたのです。

 その「うつ病でも諦めない実例」の頁に先日、当の容子さんが次のようなコメントを書いてくださいました。容子さん、どうもありがとうございます(引用に際して、途中の空白行は省かせていただきました)。

梧桐さん
私はうつ病で自死した親族、友人がいます。側で支えていた家族が悪く言われる場面を見てきました。私は義弟に支えられ、助けてもらってます。義弟は『自殺はしないでくれ。俺が悪者になりたくない』と言い続けていました。
だから絶望があっても、暗いトンネルから抜け出せなくても、生きていて良かったと思っています。私は積極的にうつ病を患っていることを伝えました。
負の連鎖におちいったときに誰かに話をして、心の声を聞くようにしました。話を聞いてくれる人がいてくれて感謝しています。
4月に引っ越しして傾聴ボランティアはお休みしていますが、誰かのお役に立てることは、喜びです。心が喜ぶことを探して、あきらめないで生きていきたいです。失礼しました。

 このコメントを書いてくださった翌日、容子さんは私に電子メールを送ってくださいました。
 その電子メールの冒頭には、次のように書かれています(引用に際して、やはり途中の空白行は省かせていただきました)。

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