So-net無料ブログ作成

感動を共有したい相手は [恋愛小説などから学ぶ]

井上靖『氷壁』新潮文庫

 本作は普通、山登りに関する物語だと目されているようです。
 しかし本作は、恋愛物語でもあるのです。

 本作の主人公である魚津恭太は、山登りを趣味にしています。
 そして彼と一緒に山へ登ることがある小坂乙彦は、八代美那子という女性に横恋慕しています。
 魚津恭太が初めて八代美那子に会った場面の後で、次のように書かれています。

 魚津は自分が少し興奮しているのを知った。一人の美貌の女性に会ったというだけで、多少いつもと違った自分にさせられたということが、その女から離れてみると奇妙な気持だった。(中略)
 それにしても、事情は知らないが、相手は小坂乙彦がなんらかの特殊な関係を持っている女性である。それに心の平静さを破られるという見境いのなさは、どう考えても余り感心した話ではない。おれの心は少しいま淫らになっていると、魚津は思った。

 あくる年の正月に小坂乙彦は、山で遭難して死んでしまいます。
 その関係で何度か八代美那子に会った後、魚津恭太は次のように自覚させられるのです。

かをるに結婚の話を持ち出された瞬間から、魚津は何かひどく落着かない気持になっていたが、その正体がいま判った気持だった。いつか小坂が言ったように、魚津は自分もまた八代美那子を連れて落葉松の林を歩きたい同じ思いにもう長い間取りつかれていることに気付いたからであった。決してそのことを意識の表面で考えてみたことはなかったが、そうしたひそかな美那子への思慕が、あるかないかの形で、しかし根強く心の底に横たわっていることは否定できないことであった。

 そして八代美那子に対する魚津恭太の思いは、次のような場面で八代美那子にも伝わります。

「僕には小坂が苦しんだ気持がいまよく判りますよ。よく判るんです。あいつの言葉の一つ一つが、いまの僕にはこたえます。小坂は貴女に冬山の氷の壁を見せたいと言いました。実際に彼は心からそう思ったんですよ。僕もいま冬山の氷の壁を見せたい人があるとすれば、失礼な言い種ですが、貴女だと思うんです」
 魚津から全く思いがけず突然愛情を告白されて、美那子は動悸が烈しくなるのを感じ、顔を上げることができないで、俯向いたままで歩いていた。

「感動を共有~」の続きを読む


nice!(2)  コメント(0)  トラックバック(0) 
共通テーマ:恋愛・結婚

男女の心理の違いを戯画化 [恋愛小説などから学ぶ]

坂口安吾「桜の森の満開の下」岩波文庫など

 坂口安吾が書いた小説「桜の森の満開の下」は、男と女それぞれの考え方などの違いを戯画化したものとして読むことができるのではないでしょうか。
 山賊である男主人公には七人の女房がいるのに、八人目の女房を街道からさらってきます。
 その八人目の女房は男主人公に命じて、自分より前の女房たちを殺させてしまいます。
 ただし最も醜い一人だけは、「女中に使う」ため残しておきました。
 多くの女性を自分のものにしたい男と、男の愛を独り占めしたい女の心理が、この部分に表われていますよね。

 しかし八人目の女房となった女は山での生活を嫌がり、都を懐かしみます。
 そんな女の言動が「桜の森の満開の下」では、次のように描かれています。

 女は大変なわがまま者でした。どんなに心をこめた御馳走をこしらえてやっても、必ず不服を言いました。彼は小鳥や鹿をとりに山を走りました。猪も熊もとりました。(中略)然し女は満足を示したことはありません。
「毎日こんなものを私に食えというのかえ」
「だって、飛び切りの御馳走なんだぜ。お前がここへくるまでは、十日に一度ぐらいしかこれだけのものは食わなかったものだ」
「お前は山男だからそれでいいのだろうさ。私の喉は通らないよ。こんな淋しい山奥で、夜の夜長にきくものと云えば梟の声ばかり、せめて食べる物でも都に劣らぬおいしい物が食べられないものかねえ。都の風がどんなものか。その都の風をせきとめられた私の思いのせつなさがどんなものか、お前には察しることも出来ないのだね。お前は私から都の風をもぎとって、その代りにお前の呉れた物といえば鴉や梟の鳴く声ばかり。お前はそれを羞かしいとも、むごたらしいとも思わないのだよ」

 そこで彼らは「女中に使」っている女と三人で、都に住みはじめました。
 しかし男には、都での暮らしが退屈に感じられます。
 男は「女中に使」っている以前の妻と、その件について次のような会話を交わしました。

女は一日中料理をこしらえ洗濯し近所の人達とお喋りしていました。
「都ではお喋りができるから退屈しないよ。私は山は退屈で嫌いさ」
「お前はお喋りが退屈でないのか」
「あたりまえさ。誰だって喋っていれば退屈しないものだよ」
「俺は喋れば喋るほど退屈するのになあ」

「男女の心理の違い~」の続きを読む


nice!(3)  コメント(0)  トラックバック(0) 
共通テーマ:恋愛・結婚

貧困や病気をのりこえた愛 [恋愛小説などから学ぶ]

高村光太郎『智恵子抄』角川文庫など

 彫刻家であり詩人でもあった高村光太郎は画家だった長沼智恵子と出会い、結婚します。
 しかし智恵子は後に統合失調症を患った上、死んでしまいます。
 詩人だった光太郎が智恵子との出会いや結婚生活、さらには智恵子の発病や死を題材にして作った詩を数十篇ほど集めて収めたのが『智恵子抄』です。
 巻末には「智恵子の半生」など、光太郎が書いた文章も収められています。
 この『智恵子抄』は、美しい夫婦愛を描いた詩集だと思われているようです。

 たとえば『智恵子抄』には統合失調症を患った智恵子の姿を描いた「千鳥と遊ぶ智恵子」という題の、次のような詩が収められています。

人つ子ひとり居ない九十九里の砂浜の
砂にすわつて智恵子は遊ぶ。
無数の友だちが智恵子の名をよぶ。
ちい、ちい、ちい、ちい、ちい――
砂に小さな趾あとをつけて
千鳥が智恵子に寄つて来る。
口の中でいつでも何か言つてる智恵子が
両手をあげてよびかへす。
ちい、ちい、ちい――
両手の貝を千鳥がねだる。
智恵子はそれをぱらぱら投げる。
群れ立つ千鳥が智恵子をよぶ。
ちい、ちい、ちい、ちい、ちい――
人間商売さらりとやめて、
もう天然の向うへ行つてしまつた智恵子の
うしろ姿がぽつんと見える。
二丁も離れた防風林の夕日の中で
松の花粉をあびながら私はいつまでも立ち尽す。

 この詩では統合失調症を患った智恵子の姿が、とても愛らしく感じられますよね。
 そして『智恵子抄』の中では「自分の妻が狂気する」と書かれた「人生遠視」という題の詩の後、数篇ほど先に収められている「レモン哀歌」という題の詩で智恵子の死が描かれているのです。
 そのため読者は智恵子の統合失調症や死に対しても、可愛らしい印象や美しい印象だけを抱きがちな傾向があるようです。

「~のりこえた愛」の続きを読む


nice!(0)  コメント(0)  トラックバック(0) 
共通テーマ:恋愛・結婚

身分違いの結婚は危険? [恋愛小説などから学ぶ]

 大正天皇の従兄妹にあたる華族の柳原燁子は1900年に最初の結婚をしたものの、1905年には離婚してしまいます。
 そして1911年に、九州で石炭業を経営する伊藤伝右衛門と二度目の結婚をしました。
 その後、燁子は白蓮という筆名で歌人として知られるようになります。

 しかし燁子は1921年に宮崎龍介という男性と駈け落ちをして、伊藤伝右衛門とも離婚する結果になります。
 この時、伊藤伝右衛門に対する「燁子の絶縁状」が新聞に掲載されました。
 そのうちの一部分を、以下に引用してみましょう(出典は永畑道子『恋の華・白蓮事件』文春文庫)。

 御承知の通り結婚当初からあなたと私の間には、全く愛と理解を欠いてゐました。この因習的結婚に私が屈従したのは、私の周囲が私の結婚に対する無理解と、私の弱小との結果とでありました。
 併し私は愚かにもこの結婚を有意義ならしめ、出来得る限り愛と力とをこの中に見出し度いと期待し且つそれに努力しようと決心しました。私が儚い期待を抱いて東京から九州へ参りましてから十年になりますが、其の間の私の生活は只遣瀬ない涙で蔽はれてゐました。
 私の期待は凡て裏切られ、私の努力は悉く水泡に帰しました。あなたの家庭は私の全く予期しない複雑なものでありました。
 今更くどくどしく申上げませんが、あなたに仕へてゐる多くの女性の中には、あなたとの間に単なる主従関係のみが存在するとは思はれないものがありました。あなたの家庭の主婦としての実権を全く他の女に奪はれてゐる事もありました。それもあなたの意志であつた事は勿論です。
 私はこの意外な家庭の空気に驚きました。かう云う状態では真の愛情や理解が育まれやう筈がありません。私がこれらの点に就いてしばしばもらした不平や反抗に対して、あなたは或は離別するとか或は里方に預けるとか申されるだけで、極めて冷酷な態度を取られた事はよもやお忘れにはなりますまい。
 常にあなたの愛はなく妻としての価値を認められない私は、どんなに頼り少い淋しい日を送つてゐたか御承知ない筈はないと存じます。

 この中には「あなたに仕へてゐる多くの女性の中には、あなたとの間に単なる主従関係のみが存在するとは思はれないものがありました」と書かれている箇所がありますよね。
 これは「いわゆる女中として伊藤家で働いている女性の中に、伝右衛門による性的な行為の対象となっていると思われる者がいる」という意味のようです。
 それに対して燁子が「もらした不平」を聞いても伝右衛門は、その女性を「離別するとか或は里方に預けるとか」言うだけで、冷ややかな態度しか示さなかったのでしょうか。
 だとしたら燁子が「頼り少い淋しい日を送つてゐた」のも、無理はないと感じられます。

「~結婚は危険?」の続きを読む


nice!(0)  コメント(0)  トラックバック(0) 
共通テーマ:恋愛・結婚
メッセージを送る