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9番目の夢.15 [20才と31才の恋話]

 かくして再び真夜中に昇の部屋の電話が鳴りひびくことなる。
「あ、センパイですか。いつもいつも遅くにすみません」
 しかし今夜の電話の声には、いつもの夏代のあの陽だまりを思わせるようなぬくもりがない。それはまるで気持ちを無理矢理おし殺したかのように枯れはてていた。いうまでもなくこれは、とても悪い兆しだ。

「おう、夏代。そんなことより、いったいどうなった」
「ええ。おばあちゃん、今日の夕方に死んじゃいました」

「そうか」あらかじめそんなことだろうと、電話が鳴った時すでに予想がついていたようなものだとはいえ。それでもやはり人が死んだという知らせが持つ重みは暗く救いようがない。たとえそれが昇みづからにとっては一度も会ったことのない相手だったとしてもだ。夏代はおばあちゃんっ子だったのだという。そして夏代にとっての大事な人は、夏代のことが気にかかってならない昇にとってもやはり大事な人に他ならないのだから。「何て言ったらいいのか、今はもう何も言葉が出てこないよ。とにかく、夏代も気をおとさないようにな。って言っても、とうてい無理な話だろうとは思うけどさ」

「ありがとうございます。で、やっぱり明日の朝はやく帯広まで出かけることになりました。というわけで会社の方、どうかよろしく」
「わかった。社長には僕から、うまく言っておくよ」

「アルバイトに雇ってもらってすぐお休みをとるのは私としても申し訳ないんですが。二、三日で帰ってこれると思いますので」
「何をつまらないことを気に病んでいるんだ。仕事の方は大丈夫だから、そんなことは気にしないで、ゆっくりしておいで。まあ、こういうものは、ゆっくりしてくるとかいうものではないかも知れないけれど」

「じゃあセンパイ。いつ帰ってこれるかとか、わかり次第またお電話しますから」
「ああ。夏代、しっかりな。元気をだせよ」
「はい」

 そう答えた夏代の声には、あいかわらず力がない。かといって、とても落ちこんだり悲しがったりしているという声でもない。そこにはおよそ感情というものが全く感じられなかった。このままでは、まずいぞ。悲しい時には悲しいなりに、その想いを素直に外へと出してしまわなければ。そうしないと悲しさが心のなかに積ってこりかたまり、二度と決してほころぶことがなくなってしまうのだ。

「どうした。いつもの夏代らしくもない、えらく素直な返事じゃないか」
「そりゃあ私だって、これでもいちおう人の子ですから。何もこんな時にまで冗談を言うだけの元気はないですよ」

 灯りもつけないままのうす暗い部屋の中へ、死の匂いを含んだ空気が電話線を伝って忍びこんでくる。昇にはなぜか、そんな気がしてならなかった。どこかで風を起こして、この重くるしい空気を吹きとばしてしまわなければならないのではなかろうか。

「夏代。合言葉はなんだったっけ」
「何よ、いきなり」
「言っておくれ、夏代。合言葉はなんだったか。それとも俺たちの合言葉を、夏代はもう忘れてしまったのかい」
「しょうがないわね、もう、こんな時に。覚えているわよ。合言葉は、風はやんだら風じゃない、でしょう」
「風はやんだら風じゃない」
 昇も声をあわせる。この「風はやんだら風じゃない」というのは夏代がまだ高校に通っていた頃、昇と夏代たちとの間の合言葉だったのだ。

「本当にしょうがない人なんだから、センパイは。私もう電話きるわよ。明日は朝が早いんだし。ちゃんと帰って来るから心配しないで。あ、そうそう。お土産は期待しないでね。私、今お金ないんだからさ」
「おいおい夏代。まがりなりにも葬式に駆けつけて、土産なんか買ってくる奴がいったいどこにいるというんだ」
「そういうものかしら」
「そりゃあそうだよ。温泉旅行に行くのとはわけがちがうんだから」
「温泉旅行ってセンパイ、齢がばれるわよ」
「こらこら。憎まれ口をきくんじゃない。まあいいか。それでこそ夏代だ。それだけへらず口がたたけるようなら大丈夫だな。じゃあ、元気で行ってこいや」

 夏代の声はいつの間にか、いつものはりを取り戻していた。昇はほっとして受話器をおく。あいかわらず暗い部屋のなかにも、もはや死の匂いはない。死んだ者たちには、静かな暗がりの中でそっとしておいてもらおう。この世に残されてまだ生きている者は、やはり残された生きている者のことを考えなければならないのだ。

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