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9番目の夢.9 [20才と31才の恋話]

 昇が親元をはなれて独り暮しをはじめたのは、彼がまだ高校生の時だった。
 独りで気ままに暮らせることを喜ぶ気持ちが、全くなかったとは言わない。
 だが、いざ本当に独り暮しをはじめる前にはやはり、どちらかと言えば不安な気持ちの方が大きかったように覚えている。
 自分は本当に独りでやっていけるのだろうか。家事のたぐいを何もかも、きちんとこなしていくことが出来るのだろうか。病気になってしまったら、いったいどうすればいいと言うのだろう。

 明るいうちはまだいい。やらなければならないことも多いし、それなりに気を紛らわせていられるから。だが自分で夕食の用意をし、ひとりの部屋でそれを食べ終えた後、昇は何だかすっかり気がぬけてしまうのが常だった。もはや何も手につかず、何もやる気になれそうにない。食事の後かたづけを放っぽりだしたまま、昇は畳のうえに身を投げうって大の字に寝ころぶ。そしてとりとめもなく考えるのだ。こんな暮しが、いったいいつまで続くのだろう。このさき僕はいったい何と出会い、どのような日々を迎えることになるのだろうかと。

 それは若さのもたらす青くさい思いにすぎなかったのかもしれない。現にあれから長い月日を経てきた今となっては昇も、そのような思いを抱いて気が滅入ることなど全くなくなってしまった。だがあの頃のような先行きに対する不安が昇の心から、全く消え去ってしまったというわけではないのだろう。あれから十年以上たった今なお昇は、どこへもたどりつくことが出来ずにいるのだから。

 そして今。昇は自らの身の上を案じるかわり、夏代の暮しに思いをはせる。

 はたして夏代は本当に大丈夫なのだろうか。無事に独り暮しをやりすごすことが出来ているのだろうか。彼女に独り暮しなんかさせておいて、いいのだろうか。表むきはいつも強がってみせているものの、その実はとても気が弱くて淋しがり屋のあの夏代に。引っ越したばかりの、ひと気もなく家具だって決してそろってはいない部屋で、夏代はひとり何を思っていることだろう。

 もちろん今の夏代は、もはや何も高校生ではない。だが二十歳になった今の夏代と高校生だった頃の昇とのふたりを較べて、どちらがより芯が強いかと訊ねたならば。誰の目にも答えはわかりきっているというものだ。
 夏代は、はたして本当にわかってるのだろうか。他の誰のたすけをも決して頼ることなく、ひとり自らの力だけで暮していくということが、いかに厳しく辛いのか。暮していくに足るだけの金を自らの手で稼ぐのが、はたしてどれだけ大変なのかということを。

 生活とは細かくも下らないがらくたを、ひとつひとつきちんと積み上げていくことのくり返しだ。その営みには全く何の意味もない。そこには何のきらめきも、胸をときめかせるような楽しさもない。しかし、かといって人は生きている限り、決してそれから逃げ出すことなど出来やしない。
 はたして今の夏代に、それだけの覚悟ができているのだろうか。若さにかまけて先のことなど考えず、前を見つめようともせずただ突っ走ってしまってはいないだろうか。

 もちろんそれを咎めだてするつもりなど、昇にはあろうはずもない。彼は夏代に、やりたいことをやらせてやりたかった。夏代の生きたいように生きつづけさせてやりたかった。今はまだ何も考えず、前を見ることもせずに突っ走っていたいと夏代が思っているのなら、ぜひともそうさせてやりたかった。なにしろ夏代はまだ若い。そんな彼女が生活という大きな暗いものに重くのしかかられ、その下で手も足も出ずにうちひしがれてしまうとすれば、それはあまりに酷すぎる。

 今の夏代の若さなら、暮しのことなどはまだ考えず、自らの本当にやりたいことを探し求めつづけていたとしても充分に許されるはずだ。他ならない昇だってまた、二十歳のころはまだ大学にいて、先行きのことなどで決して思いわずらうことなく日々を暮していたのだし。

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