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9番目の夢.7 [20才と31才の恋話]

 それからというもの。毎日はたらきながら、たまに休みの土曜日や日曜日など、夏代が通っている高校へ顔を出したり、あるいは野や山で、夏代と顔をあわせる日々が続いた。働いて金を稼ぐということは、何であれ決して楽なことではない。時にはいやな思いを強いられることもあるし、すべてを投げ出してしまいたくなることさえある。そんな時。夏代に会って話をするのが昇にとっては数すくない愉しみであり、気晴らしでもあった。夏代と顔をあわせていると、何だかとても心が休まるような気がする。嫌なことや世のなかのしがらみを、たとえひとときでも忘れることができる。今はただ何も考えず、この夏代との語らいを愉しんでいていいのだという気にさせてくれる。自らがこれまで生きてきた道のりはすべて正しかったのだと思わせてくれる。実際には寄り道と間違いだらけだったはずの道のりを。

 そのうちに昇と夏代とは、お互いに気づくこととなった。齢の違いにもかかわらず、ふたりはお互いものの考え方が、わりに似通っているということを。同じ好みや同じこだわりを抱えこんで生きているということを。見た目にはかなり遠く隔たっているように思われるお互いの生き方に、実はけっこう相通じるところがあるということを。そして何よりも、ふたりが同じ夢を持っているということを。
 昇と夏代のふたりはいづれも、いつかは文章を書くことで身を立てたいと考えていたのだ。

「えっ。センパイって、小説も書いていたんですか」
「小説ったって、ただの習作だよ。別に活字になったとかいうわけじゃないし、それどころか誰かに読んでもらったことさえ、まだ一度もないんだ。それより夏代。小説も、っていうのは一体どういう意味だい」

「だってセンパイは手紙も書くじゃあないですか」
「手紙ねえ。でも夏代。手紙なんてのは、誰でも書くものなんじゃないのかい」
「センパイの書かれる手紙を、そこらにある普通の手紙と一緒にしてほしくはないですね。センパイの書く手紙は、とってもとっても特別なんです。こないだ私がもらったお手紙だって、そうですよ。読ませていただいて思わず感動しちゃいました。あんな美しい文章の手紙を誰かからもらったのなんて、少なくとも私にとっては生まれてはじめてのことでしたから」
「まあ、そこまで言ってもらえれば書いた方としても嬉しいけどね」

「センパイ、私ね。実を言うと将来は文章を書いて、それで暮して行きたいと思っていたんですよ」
「へえ、そうだったのか。そいつは知らなかったな。もっと早く教えてくれれば良かったのに。そうすればふたりで色々と勉強しあうことだって出来ただろうにさ。いや、今からでも決して遅くはないか」

「でも私は、もう諦めちゃったんです」
「そりゃまたどうしてだい、もったいない」
「私ね、これまでとてもうぬぼれてたの。他の誰にも書けないような文章が、私にはいつか書けるはずだって。でも、センパイの書いた手紙を読んで思い知らされたわ。こんな美しい文章を、何気なくさらっと書いてのける人が、しかもこんな身近にいるんだもの。それに較べると私なんて、とても才能ないわよね」

「そんなことはないさ。あのとき夏代がくれた返事を読んで、僕だって思っていたんだぜ。何て心あたたまる手紙を書くことができる奴だろうってさ。正直いって、僕が書いた手紙なんかより夏代がくれた返事の方が、何千倍もすごいと思うよ」
「いいんですよ。そんな心にもない慰めを言ってくださらなくても」
「決して御世辞なんかじゃないさ。僕は本気でそう思っているんだから」

「それより、センパイが書いたという小説を一度ぜひとも読ませてもらいたいですね」
「ええっ。まいったなあ。それはかんべんしてくれないか。決して人様に見せることができるようなものじゃないんだ。お恥かしい出来のものでしかないんだからさ。だからこそ、これまでだって誰にも読んでもらっていないわけだし」
「いいじゃないですか、そんな御謙遜なさらなくても。見せてくださいよ」

「ようし、わかった。じゃあこうしよう。夏代がこれまでに書いた文章を、僕にも見せてくれないか。そうしたら僕も、僕が書いた習作を夏代に読んでもらうから」
「そんなあ。センパイ、それってずるいっすよ」
「おっと。そいつはちょっと聞き捨てがならないぜ。どこがずるいんだよ。それでこそ、おあいこというものじゃないか」
「だってえ」

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