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瀬戸内晴美は子宮作家? [真に役立つ恋愛本を]

「本当に相手の人間性を愛しあっている男女が、相手のことを愛しみあいながら行なうセックスが描かれている」作品があったら読んでみたい――そんな気持ちが、私にはあります。
 私と同じように思われる方は、おそらく他にもいらっしゃることでしょう。とりわけ女性の皆さんの中に、そういう方が多いのではないでしょうか。

 官能小説の中でも女性が書いた作品には「じっくりと抱き合い、愛撫されること。(中略)交合する体と心の触れ合いが大切」で「膣に受け入れた際の心身に連なる密着感に重点がおかれる」ものがあると永田守弘は『教養としての官能小説案内』の中で言っています。
 しかし残念ながら今のところ私は、女性の官能小説家が書いた作品の中に、そういう作品を見つけることができていません。

 しかしいわゆる官能小説ではなく、主流文学などと言われている小説を書く女性の作家の中にも、セックスに関する作品の割合が多い人たちがいます。
 そしてそれらの作品の中には私にとって、少なくとも「日本性愛小説大全」の三冊に収められていた大半の作品よりも好感の持てるものがあります。
 そのような作品を書いた人として、まずは瀬戸内晴美を取り上げてみることにしましょう。

 瀬戸内晴美は一九七三年に出家し、寂聴という法名を名のるようになりました。
 そしてそれ以降は、仏教に関する著述や活動が多くなっているようです。
 そのため二十一世紀に入った現在では、瀬戸内寂聴というと「仏教を説く人」という印象が強いのかもしれません。
 しかし出家をする前の、瀬戸内晴美と名のっていた頃は「セックスに関する、かなり過激な作品を書く人」という印象を持たれていたようです。

 たとえば一九五八年に瀬戸内晴美は「花芯」という中篇小説を刊行しました。
 この作品は「必要以上に『子宮』という言葉が使われている」などと言われ、瀬戸内晴美が淫乱だとか「子宮作家」と呼ばれる原因になったそうです。
 前出の永田守弘『教養としての官能小説案内』の中には、次のように書かれている箇所があります。

 一九七八年、現在に連なる女流官能作家の隆盛の先駆けといっていい丸茂ジュンが、「痴女伝説」で華々しくデビューした。(中略)「子宮にずんずんくる」といった女性ならではの実感のこもった表現が、探り当てた未知の鉱脈のように誌面に紹介された。

 しかし瀬戸内晴美こそ、実は丸茂ジュンなどの「先駆け」だったと言えるのかもしれませんね。
 ただし二十一世紀に入った現在の感覚で読むと、「花芯」は決して官能小説とは感じられません。具体的な性交の描写は、以下のような部分くらいですので。

 越智の腕の中で、私はからだを和らげ、ひっそりと目を開いていた。越智が静かに上半身をあげ、真上から私の眼をのぞきこんできた。和らいだ越智の眼の尋ねる意味に微笑で応えかけ、私はふっと胸の奥に痛みがはしるのを感じた。越智の場合と、雨宮の場合と、私のセックスの感応度が、どれほどの差を持ったといえるだろう。小肥りのなめらかな白い肌を持った雨宮と、筋肉質のひきしまった浅黒い肌の越智と、皮膚にうける感覚はちがっても、私の子宮が享ける快楽になにほどの差があっただろう。越智は北林未亡人に対しても行ったであろう同じ動作、同じ順序で私のからだをさぐり、私のセックスに触れてくる。私は恋のあるなしにかかわらず、雨宮に応じたと同じ姿勢でからだを開き、じぶんを放棄し、子宮は恥しらずなうめき声をあげるのだ。

 むしろ瀬戸内晴美の作品の中で官能小説に近いのは、たとえば一九七三年に発表された長篇小説『蜜と毒』などかもしれません。
 この作品には何組もの男女による性交の場面が、次々と出てくるのです。たとえば、次のようにです。

 湯舟のふちに腰かけさせ、阪田の茂みの中もくまなく洗う。妻の佐紀子はどうしてこの女の何分の一も、こんな心づかいがないのだろうと阪田はぼんやり考える。奈美は余念もないさまで格別念入りにそこを洗いあげ、子供が飴ん棒をしゃぶるように、さも美味しそうに飽くこともなく、なめる。
 ようやく顔をあげた奈美の目のふちが酔ったように上気していた。阪田はそのまま、奈美をすくいあげ、バスタオルにくるんでベッドへ運んでいった。
「こら、浮気しなかったか」
 阪田は奈美のそこに顔を埋めこみながらいう。
「しないわ、その子に訊いてみて」
「この子はしましたといってるよ」
「あら、いやだ、裏切り者ね」
 奈美が全身を波うたせて笑うので、阪田は顔じゅうに奈美の愛液をかぶった。
 奈美はその日、これまでにもなかったような甘美な声をたてつづけにあげた。
 阪田はそんな奈美の情熱にまきこまれ、それに励まされ、せがまれて、際限もなく自分が応えてやれるのを感じた。

「茂みの中」だの「そこ」だの「愛液」などの用語も、いかにも官能小説っぽいですよね。
 この『蜜と毒』は筋や描写も純文学や主流文学ではなく、いかにもエンターテインメント小説的なものになっています。率直に言えば、決して文学として高く評価できる作品ではありません。
 しかし「日本性愛小説大全」の三冊に収められていた大半の作品とは違い、私にもわりと気持ちよく読むことができる作品になっているのです。
 その点は、瀬戸内晴美なればこそだと評価していいのではないでしょうか。

 ちなみに私(梧桐)も、性愛を主題とした物語を出版しています。
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花芯 (講談社文庫)


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