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9番目の夢.25 [20才と31才の恋話]

「先輩。俺、夏代のことが好きでした。いや、今でも好きかもしれません。好きなんだと思います」
 あいかわらず昇の話を聞こうともせずに、敏男は自らの話をつづける。

「敏男。お前、それを夏代にちゃんと話したのか。今でもお前が夏代を好きだっていうことを」
「いいえ。話せやしませんよ、そんなことなんか」
「そりゃあまた、いったいどうして」

「俺にはわかっているんです。夏代は俺のことなんか、必要としてはいないっていうことがね。それを認めてしまうのは俺にとって、とても辛いことですけれど」
「そんなこと、夏代に聞いてみなければわからないだろうに」

「いえ、わかります。現に夏代は、休学したことや勘当されたことだけじゃなく、引っ越したことさえ俺に知らせてくれようともしなかったじゃないですか」
「だからそれは夏代がうっかり忘れていただけだって。そんなことを気にしてちゃあいかんよ。もともと夏代は、ああいう忘れっぽい奴なんだから」
「いいんですよ。気やすめを言ってくださらなくても」
「何をいじけてるんだ。決して気やすめなんかじゃないさ」

「今の俺が夏代に必要とされないのも、ある意味ではしかたがないんです。今の俺は、夏代に何をしてやることも出来ないんですから。夏代が求めているものを、残念ながら俺は決して持ちあわせていないのでしょうね」

「夏代が求めているものって、それはいったい何のことなんだ」昇は訊ねた。
「それが俺には、よくわからないんですよ。わかっているのは、少なくとも俺にはそれがないということだけで」
「そんなのは、敏男がそう思いこんでいるだけに過ぎないんじゃないのか」

「先輩。俺はずっと前から夏代のことが好きだったんです。もちろん他の女の子とつきあったことがないわけじゃありません。でも、駄目でした。夏代ほど好きになれた相手は他にひとりもいなかったんです」
「だったら、なおさらじゃないか。どうして敏男はお前のその気持ちを、夏代に伝えようとはしないんだい」

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9番目の夢.24 [20才と31才の恋話]

 グラスのバーボンを早くも飲み干してしまって、敏男は自ら二杯目をついだ。夏代たちと一緒にいた時から彼は、すでにかなりの量を飲んでいることになる。

「おいおい。俺をお前みたいな酔っぱらいと一緒にするなよな」
「そりゃあひどい。まあ、それはともかくとして、夏代がいろいろと話してくれたわけですよ。親から勘当されるに至ったいきさつだとか、引っ越し先の新しい部屋は空気が悪くて住み心地がよくないことだとか。お金が足りなくて、いろいろとやりくりに苦労しているというようなことなんかをね。そんなあれこれから思うに、今の彼女が落ちこんでいないはずはないとしか、俺には考えられないんですが」

「それは夏代が、そう言ったのかい」
「いや。本人はあくまで、今とても幸せなんだって言いはってます。でも今の夏代がおかれている状況を考えると、どうして幸せだなんて言えるのか、俺にはさっぱりわけがわかりゃしません」

「そりゃあ簡単なことさ。毎日のように俺と会えて、一緒に仕事が出来るわけだから。それで幸せなんだろう」しつこくも昇は、もう一度だめ押しをした。
「いったい、どうしたっていうんですか。今日はよっぽどおかしいですよ、その手の冗談を言うなんて。本当に、いつもの先輩らしくもない」

「だから言っているじゃないか。決して冗談じゃないんだってば」
「はいはい、わかりましたって。いい加減にしないと、本気で怒りますよ」
「ごめんごめん。敏男が真面目に話してくれているのに茶化してしまって申し訳ない。じゃあ冗談はさておいて、ええと、どういう話だったっけか」

「夏代って、何ていうか人前では表むき強がって見せちゃうところがあるでしょう。でも本当はすごい淋しがり屋で、本心ではその実けっこう落ちこんでいたりするんですよね。今回もそれなんじゃないかと気がかりでならないんです」

「敏男が夏代のことを気づかってくれる気持ちはよくわかるし、俺としても嬉しいよ」自らのグラスに二杯目のバーボンを注ぎながら昇は言葉を続ける。「でもさ。今の夏代にはまがりなりにも俺が毎日ついていてやっているわけだから。にもかかわらずあまり心配されたんじゃあ、俺の立場がないというものだよな」

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9番目の夢.23 [20才と31才の恋話]

「先輩、今夜は先輩ん所に泊めてもらっていいですか」
 つぐみや夏代たちのことを見送ってから敏男が昇に言う。
「別にかまわんぞ。明日は夏代も俺も仕事が休みだし」
「何だか先輩と語り明かしたい気分なんですよ」
「おう。じゃあ、今ちょうど俺の部屋にバーボンのボトルがあるからさ。それでも飲みながら話そうや」

 敏男が昇の部屋で泊まって行くのは決して珍しいことでない。ふたりが連れ立って昇の部屋へと着いたのは、もう0時近くのことだった。勝手知ったる我が家とでも言うかのように、案内もこわず敏男は先にたって部屋のなかへと上がりこむ。

「まあ、そこで座っててくれや。酒はストレートでいいんだろう」
「あ、すんません」
 昇はふたつのグラスにバーボンをついで、ひとつを敏男に渡した。

「じゃあ、とりあえず乾杯といこうぜ」
「何に乾杯するんです」敏男がこだわって訊ねる。
「さあな。何でもいいさ。じゃあ夏代の休学と勘当と引っ越しを祝って、ということにでもしておくか」
「それがはたして本当に祝うべきことなのかどうかは、大いに疑わしいような気もしますけどね」
「まだこだわっているのかよ。いいじゃないか、本人がちっとも落ちこんでいないんだから。俺たちが端でとやかく言ってみても、はじまるまいて」

「本当に落ちこんでいないんでしょうか。僕にはどうしても、そう思えないんですけど」
 そう言って敏男はグラスのバーボンを、ひとくち飲みくだした。乾杯をするという話は、いうの間にやらうやむやになってしまったらしい。

「ふうん。じゃあ敏男は何か、夏代が落ちこんでいないように見えるのはただ表むきの見せかけだけで、本当は落ちこんでいるはずだとでも言うのかい」
 自らもバーボンに口をつけながら昇が訊ねる。
「ええ。どちらかというと、そうじゃないかと思っています」

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別れを拒む女性を描く [恋愛小説などから学ぶ]

コンスタン『アドルフ』中村佳子・訳 光文社古典新訳文庫

 男の側では気持ちが冷めてしまったのに、恋人の女性とずるずるつきあい続ける物語です。
 作者の名前は Benjamin Constantで、題名の'Adolphe'は主人公の名前です。
 物語が始まった時点で、アドルフは二十二歳でした。そして女主人公のエレノールはアドルフより十歳、年上です。
 彼女はP伯爵の愛人で、P伯爵との間に子供が二人いました。
 ですから本作も若い男が年上の、人妻ではないものの他の男の愛人だった女性とつきあう物語だと言えるでしょう(この件に関しては当塾の「人妻に性を学び恋人に適用」の頁をご参照ください)。

 アドルフはエレノールのことが好きになって言い寄り、エレノールの側もアドルフを愛するようになります。そしてエレノールはP伯爵や二人の子供たちと別れ、アドルフとつきあい始めるのです。
 しかしエレノールに対するアドルフの気持ちは、物語の前半で早くも冷めてきてしまいます。にもかかわらずエレノールの側では、アドルフとつきあい続けることを望むのです。
 この件に関してアドルフの父の知り合いのT男爵は、アドルフに対して次のように語ります。

男であれば誰しも、生涯で一度は、不適切な関係を終わらせたいという欲求と、自分の愛した女を悲しませるのではないかという恐怖の間で、板挟みになるものです。若さゆえの経験不足から、ひとはそのような立場の難しさをひどく大袈裟に考えます。実のところ、ひとは恋人が見せる苦悩の表現を、どれも嘘ではないと勝手に信じているのです。そうした示威行為は、か弱い、情に流されやすい女性にとって、腕力、あるいは理性を用いるあらゆる手段の代わりになります。男の良心はそれに苦しみますが、自尊心はそれにうっとりするのです。だから自分が招いた絶望に、我が身を捧げようと誠実に考えるような男は、おのれの自惚れが見せる幻影に、おのれの身を捧げているにすぎないのです。この世にはそうした情熱的な女がうようよしていて、ひとり残らず、恋人に捨てられたら死んでしまうと言い張ります。ところがひとりとして死んでしまった女はいないし、立ち直らなかった女もいないのです

 このくだりを読んだ時に私は、違和感を抱きました。「男であれば誰しも、生涯で一度は」と書かれていますが、私自身は「不適切な関係を終わらせたいという欲求と、自分の愛した女を悲しませるのではないかという恐怖の間で、板挟みにな」った記憶がなかったからです。
 そして『アドルフ』の物語も、ここでT男爵が語ったのとは異なる結末を迎えます。

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